excitemusic

エルフの王も知らない秘密。
by atanatari
ICELANDia
検索
カテゴリ
タグ
リンク
ライフログ
最新の記事
以前の記事
最新のトラックバック
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


このブログの趣旨

『指輪物語』で有名なJ.R.Rトールキンの小説『シルマリルの物語』の読解(解読?)がメインです。
非常に説明しにくいのですが、この小説は素直に読んで面白い『指輪物語』と違って、素直に読んでも本当は何が書いてあるのかはまず理解できないように、むしろ読者が誤読するように作られた一種のパズルゲームです。似ているものを探すとすればウラジミール・ナボコフの『青白い炎』や『ロリータ』なんかに近いかもしれませんが、いろんな意味で類例が無いと思われます。

先に結論を言うと、この小説は父子相姦(同性愛+近親相姦)をモチーフにした恋愛小説の(ある意味)傑作です。トールキンが確実に参考にしたであろう古典としてはギリシャ悲劇の『オイディプス王』と、ミルトンの『失楽園』が挙げられますが、これらを同性愛の物語として再構築してあるのが非常に巧みです。
あと、先に挙げたナボコフの小説のうち、『青白い炎』は同性愛、『ロリータ』は(代名詞になったほど有名ですが)ぺドフィリアがモチーフになってますが、『シルマリルの物語』には同性愛+未成年との近親相姦という素敵なパターンが登場します。

実は『シルマリルの物語』を本当に読んだ後で『指輪物語』を読み返すとこちらにまで一貫した裏テーマがあるのに気づきますが、そのあたりも書いてみたいと思います。

また、このブログの内容は以前に発表した以下の記事を下敷きにしています。

人でなしの恋――『シルマリリオン』論序説
“父子愛”と囮としてのヘテロセクシュアル・プロット――トールキン作品の基盤をなすもの
 第一章 エルフの原罪
 第二章 ナン・エルモスの森でつかまえて
 第三章 では、ホビットは?
トールキン close reading――マイグリンはイドリルを恋していたのか?
中つ国の歴史”を読みながら――重ね書きされた『シルマリリオン』
アルダの歩き方――新ブログ始動にあたって


※より詳しい趣旨の説明については下の記事をご覧ください
「あらすじ」についての前書き

以下、2012/11/23追記
予告から一年以上経過してしまいましたが、サイトの方を開設しました。
http://indexofnames.web.fc2.com/index.htm
今は別の話題にかかりきりになってしまっていますが、落ち着いたらトールキン関連の続きも掲載する予定です。ご連絡はサイトのメールフォームからどうぞ。

[PR]
# by atanatari | 2012-12-31 23:59 | 解説

キャラクターのアイコン

いかんせん登場人物が多く、名前がややこしく、誰が誰やら判らなくなりやすい話なので、
禁城 ~Forbidden City~様よりお借りしたアイコンを使わせていただいております。
(うさぎアイコンは王様のしっぽ様からお借りしています)

上段:エルウェ(シンゴル)、フィンウェ、フェアノール、フィンゴルフィン、マイズロス、フィンゴン、
    トゥアゴン、フィンロド、アレゼル、エオル、マイグリン


下段:ベレグ、トゥーリン、トゥオル、ヴォロンウェ、(うさぎ:ニエノール、フーリン、フオル)

d0158848_0112365.gifd0158848_2349419.gifd0158848_23504331.gifd0158848_032288.gifd0158848_04592.gifd0158848_062930.gifd0158848_074515.gifd0158848_081623.gifd0158848_095947.gifd0158848_0151566.gifd0158848_016495.gif

d0158848_0225760.gifd0158848_0235417.gifd0158848_025381.gifd0158848_02652.gifd0158848_5214081.gifd0158848_522072.gifd0158848_5221675.gif


[PR]
# by atanatari | 2012-12-30 23:59 | 解説

「あらすじ」─ カップル”について

「あらすじ」─“目次”について
「あらすじ」─その1

この記事は上の記事の続きになります。

Ⅰ.カップルの一覧

主要な登場カップルを順に挙げると、同性愛のカップルが
エルウェとフィンウェ
d0158848_0112365.gifd0158848_2349419.gif

フェアノールとフィンウェ
d0158848_23504331.gifd0158848_2349419.gif

マイズロスとフィンゴン
d0158848_04592.gifd0158848_062930.gif

フィンロドとトゥアゴン
d0158848_081623.gifd0158848_074515.gif

エオルとマイグリン
d0158848_0151566.gifd0158848_016495.gif

トゥアゴンとマイグリン
d0158848_074515.gifd0158848_016495.gif

トゥーリンとベレグ
d0158848_0235417.gifd0158848_0225760.gif


以上の7組、
異性愛のカップルは
エオルとアレゼル
d0158848_0151566.gifd0158848_095947.gif

トゥーリンとニエノール
の2組で合計9組となります。
d0158848_0235417.gifd0158848_5214081.gif



Ⅱ.フェアノール役とフィンウェ役

エオルとアレゼル、エオルとマイグリン、トゥアゴンとマイグリン、トゥーリンとベレグ、
トゥーリンとニエノール
の5組はいずれもフェアノールとフィンウェの反復です。

キャスティングを書くと、

フェアノール役
d0158848_23504331.gif

エオル、マイグリン、トゥーリン
d0158848_0151566.gifd0158848_016495.gifd0158848_0235417.gif

フィンウェ役
d0158848_2349419.gif

アレゼル、トゥアゴン、ベレグ、ニエノール

d0158848_095947.gifd0158848_074515.gifd0158848_0225760.gifd0158848_5214081.gif


となっています。
つまり、第十六章「マイグリンのこと」以降ゴンドリンの陥落に至るまでのマイグリン関係のエピソード(9.エオルとマイグリンのこと、12.トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(前編)、14.ニアナイス・アルノイディアド──トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(後編)、19.マイグリンが“傾城”となったこと)と、
モルゴスの呪いという理由付けをした「父が息子の運命のすべてを見ている」という象徴的な枠組みの提示から始まる第二十一章「トゥーリン・トゥランバールのこと」の二つの物語が「フェアノールとフィンウェの物語」の大掛かりな反復と絵解きになっており、トゥーリンの従兄弟であるトゥオルが同じ“黒の剣”の持ち主であるトゥーリンとマイグリンに邂逅するエピソード(18.トゥオルが“黒の剣”と邂逅したこと)がこの二つの物語を繋いでいます。

また、フィンウェ役が男女両方いるのがわかると思いますが、これはフィンウェが“父”であると同時に“女”であるという、この小説を通しても1人しか存在しない特殊なキャラクターであるために、「彼を反復するキャラクター」も男もしくは女だけでは足りないわけです。
またフェアノール役のキャラクターの中でも、マイグリンは実は“女”であるというのが裏の筋書きを読み解く重要なポイントになっています。
細かい解説はここでは省きますが、この二つの物語の主人公のうち、マイグリンは女性主人公(ヒロイン)、トゥーリンは男性主人公(ヒーロー)です。
(また、ナン・エルモスでのメリアンとシンゴル=エルウェの出会いとエルウェの行方不明についての真相が、同じくナン・エルモスを舞台にしたエオルとアレゼルの出会いとアレゼルの行方不明という形で示されてもいますが、これもここでは省かせて下さい)

Ⅲ.

実は「表層」の側にも同性愛の物語が含まれている箇所が存在しています。トゥオルとイドリルの結婚の前日譚にあたる、
トゥアゴンとフーリン&フオル
d0158848_074515.gifd0158848_522072.gifd0158848_5221675.gif

トゥオルとヴォロンウェ

d0158848_025381.gifd0158848_02652.gif
のエピソードです。
トゥアゴンは表層の部分と深層の部分の交差点にあたる重要なキャラクターです。

トゥアゴンとフーリン&フオルは「同性の異種族」との愛情関係であり、この二通りの結末として“贖罪”をもたらす「異性の異種族との正統な結婚」(トゥオル)と、“原罪”の変奏である「同性の異種族との恋と異性の近親との結婚」(トゥーリン)という正反対の結果を配置することで象徴的な絵解きを行っています。
そしてトゥオルとイドリルの「贖罪をもたらす正統な結婚」もあくまでその父親たち(トゥアゴンとフオル)の「愛」がもたらした結果として描かれ、異性愛としての内実は非常に希薄です。

フィンロドとトゥアゴン
d0158848_081623.gifd0158848_074515.gif
エルウェとフィンウェ
d0158848_0112365.gifd0158848_2349419.gif
の別離を反復しており、メリアンによって別れ別れになったエルウェとフィンウェが、それぞれ中つ国のドリアスとヴァリノールのティリオンの王になったように、ウルモの啓示を受けてフィンロドはドリアスのメネグロスの写しであるナルゴスロンドの、トゥアゴンはティリオンの写しであるゴンドリンの王になることで別れ別れになるわけです。

Ⅳ.

マイズロスとフィンゴン
d0158848_04592.gifd0158848_062930.gif

はテクストの内在的な意味においてはこの物語を支配する呪いの真の意味(同性の近親者への愛が死を招く)を最も端的に示す例ですが、フィンゴンがマイズロスを救出するエピソードは、実は異性愛として明示されたパターンであるベレンとルーシエンのエピソードで「歌い交わして相手の居場所を知る」、「片手を失う」、「鷲に運ばれる」といった細部が反復されており、ベレンとルーシエンのネガでもあるトゥーリンとベレグのエピソードまで繋げられています。(『終わらざりし物語』で語られている龍の兜というアイテムの由来もこの二組のカップルの意味的な繋がりを示していますが、このアイテムのトゥーリンの物語でのより重要な意味は“父”≒グラウルングという繋がりを示していることです)

とはいえ、やはりマイズロスとフィンゴンの最も重要な意味は、トールキン版『オイディプス王・アンティゴネー』におけるアンティゴネーとハイモンにキャスティングされていることでしょう。

あらためてキャスト一覧を書いておくと、

フィンウェは息子であるオイディプスの妻となっていた母イオカステーと、過去の男色の罪によって神に呪われ、オイディプスに殺害された父ライオスの両方を一身に兼ね、
d0158848_2349419.gif

フェアノールは言うまでも無くオイディプスに、
d0158848_23504331.gif

フィンゴルフィンはイオカステーの弟で、後にテーバイの摂政から王となるクレオンに、
d0158848_032288.gif

マイズロスはオイディプスの娘であり、後にテーバイに敵として仇をなした兄の亡骸を、クレオンに逆らって葬ったために処刑されるアンティゴネーに、
d0158848_04592.gif

フィンゴンはクレオンの息子でアンティゴネーの婚約者であり、彼女への愛に殉じて自らも自害したハイモンに相当します。
d0158848_062930.gif

この場合、アンティゴネーが埋葬した兄に相当するのは、マイズロスが持ったまま火口へ身を投げたシルマリルの一つです。シルマリルとは彼の父フェアノールが、その実の父でありマイズロスの祖父であるフィンウェとの間になした許されざる愛=罪の証であり、これはマイズロスにとっては兄弟である(そして祖父でもある)ことを意味しています。マイズロスはこの“兄弟”を埋葬し自らも死ぬことで、アンティゴネーとしての運命を全うし、トールキンの世界におけるオイディプスの神話を完成させる役割を担っています。<☆>
またテーバイ王家の呪われた運命の発端である、結婚前のライオスの男色に相当するのは、言うまでも無く結婚前のフィンウェのエルウェとの関係です。




[PR]
# by atanatari | 2010-11-18 12:41 | 解説

「あらすじ」─ その1

「あらすじ」 ─“目次”について

上の記事では、解説の手始めに明示的な章立てとは異なる物語内での“意味の区切り”について書きました。以下の文章は上の記事に書いた21の区切りを参照しながら読んでくださいますよう。

Ⅰ.全体の構造

まず、この小説の真の“本編”は、上の記事の「3.フェアノールとフィンウェの物語」及びその伏線としての前日譚である「2.エルウェとフィンウェの物語」がすべてと言っても過言ではありません。つまり、フィンウェが登場してからその死が語られるまでに起きた出来事が鍵なわけです。

先に言ってしまうと、この小説の縦糸になっている筋書きは、
フィンウェとフェアノール父子が犯した近親相姦(しかも父が“女”)という原罪によってエルフたちが楽園を追われ、同性/近親への愛は破滅をもたらす呪われたものとなり、その原罪を唯一贖いうるものは、異類(人間)にして異性である存在との「正統な婚姻」と、それによって生まれた英雄によってでしかない。
というもので、この同性愛とインセストの二重の侵犯(ついでに下克上)への報いは、様々なパターンを取りながら通奏低音として最後まで流れています。
というより、フィンウェが死んだ後の物語は、この語ることの許されない最初の悲劇の、抑圧の代償としての反復です。フェアノールとフィンウェの物語を繰り返し形を変えて語るために、「フェアノール役」もしくは「フィンウェ役」である登場人物が何人も存在しています。

なので、大抵の場合に『シルマリルの物語』の説明として言われる、
「大魔王モルゴスに盗まれた宝玉シルマリルを取り戻そうとしたフェアノールと彼に従ったエルフたちが、ヴァラールに反逆して中つ国に帰還し、モルゴスに戦いを挑む」
というような文句から始まる要約の仕方は、“真の本編”の存在そのものに気づかず、ある意味すべてが終わってしまった後から始まる“囮としての戦記物的プロット”の、それも核心的な注目すべき要素(男同士の愛)を無視した表面的記述でしかありません(たとえれば、『源氏物語』のあらすじが、幼くして母を亡くした光源氏の生い立ちと母恋から始まった藤壷への不倫の恋について触れていないようなものです)。


全体の構造を非常におおまかに要約すると、前述したフェアノールとフィンウェの“原罪”と、その伏線である前日譚としてのエルウェ(シンゴル)とフィンウェの関係を反復している複数の同性または異性のカップルたちによる同性愛または近親者との恋愛の物語という深層(失敗/同性愛/死に至る愛)の上に、
その“贖罪”にあたる、ベレンとルーシエン、トゥオルとイドリル、エアレンディルとエルウィングを経てエルロンドとエルロスの誕生へと続く、異性の異種族との正統な婚姻の系譜の創出に至る物語という表層(成功/異性愛/生殖に繋がる婚姻)が被さっているということです。


また、フェアノールとフィンウェの関係および楽園であるヴァリノールについてはミルトンの『失楽園』からの影響が非常に大きいですが、“家系の呪い”というモチーフや父系血統による父から子への呪縛という物語の縦糸になっている約束事という観点からはギリシャ悲劇の『オイディプス王』の影響が大きいです。<☆1>

Ⅱ.シルマリルについて

タイトルでもある宝玉シルマリルですが、なぜか三つもあり、二本の木の光が封じられているとか、「大地も、水も、空気も、アルダの運命はすべて閉じ込められている」とか言われるだけで、実は具体的にどんな効果を持つのかも不明確です。フェアノールが何のためにシルマリルを作ったのかも明示されません。『指輪物語』の一つの指輪が、サウロンが他の指輪を支配するために作られたというような具体的な目的や、持ち主の姿を消す、寿命を延ばすというようなはっきりした効果を持っていたのとは全然違います。

これも実はフェアノールにしかわからず、フェアノールにとってしか意味を持たない究極の願望成就のためのアイテム<☆2>だからで、答えを先に言えば、シルマリルとは彼の父であり思い人であるフィンウェの複製です。「二本の木の光が封じられている宝玉」である、つまり“楽園に生えている聖なる木の果実”であるということは、シルマリルとは“エデンの林檎”であることを明かしてもいます。この禁断の果実を“味わう”ことが“原罪”を意味していることは言うまでもありません。(つまり「シルマリルとは何か?」という問いの答えは「この小説の真のテーマとは何か?」という問いの答えとイコールの関係にあります)

シルマリルというアイテムも、この物語の中に等価物が人・物どちらも複数存在しています。これはフェアノールとフィンウェに相当するキャラクターおよびカップルが複数存在しているのに対応しているからで、要は“言い換え”であるということです。
つまり、フィンウェ=シルマリル=二本の木の光=アルダの運命という言い換えが成立しています。本質的に同じ物だからこそ、二本の木とシルマリルとフィンウェは“果実の収穫”を祝う祭の日に同時に失われることになったわけです。
ちなみに「アルダの大地、水、空気が閉じ込められている」とはシルマリルがアルダそのものの象徴でもあるということで、大地、水、空気とはこの物語の結末での「地の底、海中、天空の星」という三つのシルマリルの行き着く先であり、その結末に至るまでのシルマリルの運命=アルダの運命であり、つまりアルダの運命とはこの物語の筋書きのことです。

Ⅲ.『失楽園』からのモチーフの引用

シルマリルの“三つ”という数は、物語内では上に書いたようなシルマリルそのものの行き着く先や、エルフの三つの部族(天のエルフであるヴァンヤール、地のエルフであるノルドール、水のエルフであるテレリ)という数に対応しているのがわかるだけですが、これはシルマリルが“父と子の愛の結晶”であることに掛けてキリスト教の「父と子と聖霊」という三位一体に対応していると同時に、本質的には『失楽園』にある、聖なる三位一体に対する堕天使サタンとその娘“罪”、サタンと“罪”の近親相姦の子である“死”のいわば地獄の三位一体の引用でもあります。

『失楽園』では人間であるアダムとイヴの、禁断の果実を口にしたことによる死すべき人間の宿命の発生と楽園追放の物語に先立って、その原因でもあるサタンを始めとした天使たちの神への反逆と堕落と、アダムのあばら骨からイヴが生まれたように、サタンが彼一人で娘“罪”を生み、“罪”との間に“死”を生んだこと、それによって人間に死が約束されたことが語られますが、これは『シルマリル』の中ではヴァラールへ反逆するフェアノールがサタン、実の父でありながらフェアノールの“女”であるフィンウェが“罪”に相当し、<☆3>二人が犯した“原罪”によって二本の木が失われたことで、太陽と“死すべき人間”が誕生し、エルフたちは楽園を追われるという筋書きに組み替えられて引用されています。<☆4>

サタンが神が新たに人間を生み出し、人間の為に新世界を創造するという噂に嫉妬し、神に反逆して人間のための新世界である地球へ向かうよう他の堕天使たちを扇動するという筋書きも、そのままフェアノールがヴァラールはエルフをヴァリノールに閉じ込め、中つ国を新たに到来する人間に与えようとしているという噂を元にして、他のエルフたちに中つ国への帰還を扇動し実行するという表面的な筋書きとしてそのまま使われていますが、肝心なのはこれに先立ってフェアノールもまた愛ゆえに“罪”を犯し、“罪”が“死”を生んだことです。

Ⅳ.フェアノールとフィンウェの物語について

フィンウェはこの小説の全編を通したヒロインです。彼が三人の使節の一人として登場(第三章P105)し、エルウェと恋仲になったこと(2.エルウェとフィンウェの物語)から物語は始まり、(実は作者が設定した物語の筋書きそのものを意味している)“運命”に遣わされたメリアンによってエルウェと引き離された後、フィンウェはヴァリノールで儲けた長男フェアノールに再び恋し、その許されない恋から逃れるために再婚します。(最初の妻であるフェアノールの母ミーリエルが予見めいたことを口にして死ぬのにも裏の理由がありますが、ここでは省略します。表面的な物語上はフィンウェの再婚という展開に注目を集めることで囮としての偽の因果関係を演出しています)
文字とシルマリルの製作者であり、芸術家としての作者の分身であるフェアノールにとって、フィンウェは最愛にして唯一の父であり、彼の芸術の源たるミューズです。フェアノールは父に対する満たされない愛の代償として芸術的な研鑽に励みますが、最後には培った技術を用いて“自分だけのものにできる父”を創り出すことを試み、そして成功します。
フェアノールは自らが創り出した“父”と共に中つ国に渡ることを望むようになりますが、これを知ったフィンウェは「非常な恐れに襲われ(第七章P138 )」、そうなることへの恐れから築き上げてきたすべてを失うことと引き換えに、フェアノールの心を繋ぎとめることを選択します。
これによってエルフの“原罪”が犯され、“果実の収穫”を祝う祭の日にフィンウェは謂わば“罪の女”<☆3>として“至福の国で最初に血を流して”罰としての死を被り、またその死によって、エルフの衰退と死すべき人間の誕生を意味する、月と日が巡る不可逆の時間を生み落とします。
フェアノールとフィンウェの罪としての愛の結晶であり、“エデンの林檎”であるシルマリルもまた失われ、囮としての悪であるモルゴスの手に渡って後は、三つが完全に揃った形で真の意味を見出されることはありません。
<☆2>

表面的な物語の筋書き上は、フィンウェの死はいわゆる悪の大魔王であるモルゴスに殺害されたためであり、ノルドールの悲劇的な運命はこの後に起きたテレリ族に対する同族殺害という事件によって「マンドスの呪い」を宣告されたためだとされていますが、実はこれもマンドスの宣告する文句そのもののキーワードである「アマンの地に同族の血を流した」ことで「死の影のもとに住まうであろう」という文章は、「アマンで最初に流された“同族の血”とは誰のものか?」「月と日が巡る不可逆の時間=死の影が生じた原因である、エルフの生きる永遠の時間=二本の木がアマンから失われた事件の時に同時に失われたのは誰(人)と何(物)か?」を考えながら読まないとだまされるという仕掛けで、また実は「同族=近親を殺した」ということが、「近親を犯した」という真の罪の言い換えになっており、これ以降、「マンドスの呪い」は真の罪から生じた因果関係の代名詞として使用される単語となっています。
この「言い換え」という仕掛けは『シルマリルの物語』そのものの基本的な書かれ方のテクニックでもあり、読者はこの人物やアイテム、概念などの「言い換え」の連鎖を見落とさずに辿れる注意力が求められます。

このフィンウェの死が語られる場面、厳密には第九章P149の、フィンウェの死を知ったフェアノールが「夜の中へ逃げ去り」<☆1>、「今や、ノルドールの滅びの運命は間近に迫っていたのである。」と語られる場面までで“本編”は終わりです。
これ以降のページは、この直接語ることの許されない“原罪”を変形して反復するためにあるものでしかなく、結末はあらかじめ定まっています。それを「ノルドールの滅びの運命」と呼んでいるわけですが、その原因がフィンウェの死であることは明らかです。

フィンウェの死は、表面的にはシルマリルを奪いに来たモルゴスに殺害されたためであり、「至福の国で最初に血を流して死んだ」つまり最初に殺害された者になったと述べられていますが、この使者の口上でしか語られない事件の前に、二本の木がモルゴスに“槍で刺し貫かれる”場面で「樹液はあたかも血の如く流れ出て、地面に零れた」とある時にすでに“血が流れて”おり、その樹液をすすって膨れ上がる巨大な牝蜘蛛ウンゴリアント<☆5>は飽くことを知らない“女の情欲”のカリカチュアですが、この事件は明らかにアダムとイヴが智慧の木の実、つまり“エデンの林檎”を食べたエピソードに相当する、性的な罪(と罰)の象徴であり、傷つけられ血を流して死に至る二本の木とその傷口から樹液を啜る牝蜘蛛は、「罪と知りながら欲せずにはいられず、そして自らを罰せずにはいられない」同じ一人の“女”を象徴しています。
モルゴスが二本の木とフィンウェの両方を明示的に殺害していることも、この二つの同質性を示す効果を持っています。“槍で刺し貫く”というファリックな象徴性と、その傷口から樹液をすする牝蜘蛛のイメージは、使者の口上によってしか言及されないモルゴスによるフィンウェ殺害の真相─タブーの侵犯としての性交渉と、その罰としての死─の隠喩です。


後に登場するフェアノールとフィンウェの反復の一つである、兄トゥーリンとお互いに知らずに結婚し<☆1>、真実を知って子供を身籠ったまま崖から身を投げるニエノールの最期の台詞「さようなら、二重に愛するお方よ!(…)運命によって支配された運命の支配者よ!ああ、死ぬのが仕合せです!」これも実はそのまま、フィンウェが死ななければならなかった本当の理由を暗示しています。ニエノールが身籠っていたトゥーリンとの子供もまた、紛れもなく「愛の結晶」でありながら、この世にあってはならない、許されざる「罪の証」であるものであり、シルマリルの中に封じられた秘密の異性愛の形をとった表現でしょう。

Ⅴ.『オイディプス王』からのモチーフの引用

上で述べたように、物語全体の核心であるフェアノールとフィンウェの関係は『失楽園』のパロディの要素が大きいですが、この後に始まる「男色と近親相姦に端を発する家系の呪い」という筋書きのモチーフは、ソフォクレスの『オイディプス王』およびその後日譚であるオイディプスの娘の悲劇『アンティゴネー』に由来しています。
注に付したように、明示的な近親相姦の悲劇である人間の兄妹トゥーリンとニエノールの物語が、フェアノールとフィンウェの物語の反復として織り込まれてもいますが、実はそれ以前に、フィンウェがイオカステーにしてライオス、フェアノールがオイディプス、弟フィンゴルフィンがクレオン、フェアノールの長男マイズロスがアンティゴネー、フィンゴルフィンの長男フィンゴンがハイモンにキャスティングされた、『男だけのオイディプス王・アンティゴネー』の物語が存在し、これも非常に重要な要素です。<☆1>

またフィンウェの孫の一人フィンロドの持ち物であり、トゥーリンの父フーリンの手でシンゴルにもたらされ、シルマリルと一体となったことでドリアスの滅亡の原因となるナウグラミーアの頸飾りも、その身につけた者を美しく見せる力を持つという属性はテーバイ王家の家宝ハルモニアーの首飾りと同じものであり、フィンウェの一族を始めとしたエルフたちの悲劇と、テーバイ王家の悲劇の相似性を強調するために配置されているアイテムです。

次の記事へ


☆1トールキン自身が例のミルトン・ウォルドマンへの手紙で、トゥーリンの物語を指してオイディプスに由来する要素を認めていますが、実はそれ以前にフェアノールとフィンウェの物語こそがこの世界のオイディプス神話であり、フィンウェはイオカステーとライオスを一身に兼ねた「息子と通じた母である父」です。
また、メルコールによって二本の木が枯らされたことで到来した“夜”に包まれたヴァリノールで、フィンウェの死を聞いたフェアノールがメルコールをモルゴスと呼んで呪った後、ヴァラールや居合わせた者たちの前から走り去っていく場面が、邦訳版では「それから、フェアノールは審判の輪から走り出て、闇の中へ逃げ去った」と訳されていますが、原文はThen Feanor ran from the Ring of Doom, and fled in to the night;で、つまり「夜の中へ逃げ去った」と訳すべき箇所です。これが重要なのは、実はこの場面がずっと後のトゥーリンの物語のラスト近く、妻としていた女は実の妹ニエノールであり、それを知ったことで彼女は自害したと悟ったトゥーリンが「これだけが足りなかったのだ。これで夜が来る」と言い、死を決意して走り去る場面と照応しているからです。つまり「トゥーリンがニエノールを失ったのは、フェアノールがフィンウェを失ったことの反復である」ことがさり気なく示されています。
お互いが近親者であるとは知らなかったトゥーリンとニエノールの場合、ニエノールが死んでから彼女が近親者であったことがトゥーリンに明かされ、この時点で初めてフェアノールがフィンウェの死を知らされた時と同じ条件が揃う=“夜が来る”わけです。

☆2実は真の意味でシルマリルに夢中になったのはフェアノール以外ではシンゴルだけで、それはこの二人にとってだけ“恋人の複製”を意味するものであったからです。シンゴルの場合、メリアンの催眠によってフィンウェに関する記憶を著しく弱められていたと思われるため、この認識はあくまでも無意識下のものであったでしょうが、かつてフィンウェと共に見た二本の木の光と同じシルマリルの光を見つめながら死にゆく最期の時に全てを知ったと思われます。

☆3イヴは性的な魅力によって男を誘惑し堕落させる“罪深い女”の原型であり、芸術作品の中のこうしたファム・ファタール(魔性の女)的なモチーフは枚挙に暇がありませんが、トールキンの作品世界には一貫して悪としての女も明示的な女性が担うエロスも不在です。本当にエロティックな“女”は、実はそうとは明示されないところに隠されており、これは「何が真の“罪”なのか」が隠されているのと同じことです。

☆4これもトールキン自身が前述の手紙で「人間の堕落に先立つ天使たちの堕落」を自身の作品の要素として言及しています。

☆5ウンゴリアントは中つ国に逃げた後、多数の雄蜘蛛たちとつがって夥しい数の子供たちを生んだことが語られており、これも“女の情欲”のカリカチュアであることは明らかですが、実はフィンウェの孫娘アレゼルがウンゴリアントの子孫の蜘蛛たちの巣食うナン・ドゥンゴルセブの谷で仲間とはぐれ、これが彼女の不吉な運命の分かれ道になる場面で、「フィンウェのすべての子供たち」と「ウンゴリアントの子孫たち」が後者は前者のネガであることを暗示されています。


[PR]
# by atanatari | 2010-11-18 12:40

「あらすじ」─“目次”について

「あらすじ」の解説ですが、最初は“目次”についてです。
まず、邦訳版『シルマリルの物語』の目次は下記の通りです。

アイヌリンダレ
 アイヌアの音楽
ヴァラクウェンタ
 ヴァラールとマイアールのこと――エルダールの伝承による
クウェンタ・シルマリルリオン――シルマリルの物語
 第一章 世の始まりのこと
 第二章 アウレとヤヴァンナのこと
 第三章 エルフたちの到来と虜囚となったメルコールのこと
 第四章 シンゴルとメリアンのこと
 第五章 エルダマールとエルダリエの公子たちのこと
 第六章 フェアノールと鎖から解き放たれたメルコールのこと
 第七章 シルマリルとノルドール不穏のこと
 第八章 ヴァリノールに暗闇の訪れたこと
 第九章 ノルドール族の逃亡のこと
 第十章 シンダールのこと
 第十一章 太陽と月とヴァリノール隠しのこと
 第十二章 人間のこと
 第十三章 ノルドール族の中つ国帰還のこと
 第十四章 ベレリアンドとその国土のこと
 第十五章 ベレリアンドのノルドール族のこと
 第十六章 マイグリンのこと
 第十七章 西方に人間の来住せること
 第十八章 ベレリアンドの滅亡とフィンゴルフィンの死のこと
 第十九章 ベレンとルーシエンのこと
 第二十章 第五の合戦、ニアナイス・アルノイディアドのこと
 第二十一章 トゥーリン・トゥランバールのこと
 第二十二章 ドリアスの滅亡のこと
 第二十三章 トゥオルとゴンドリンの陥落のこと
 第二十四章 エアレンディルの航海と怒りの戦いのこと

上の明示的な章立ては実は「本当の」物語の区切りではなく、精読していくと“意味の断層”が浮かび上がってきます。本当の区切りを先に書くと、

1.索引──またはアイヌアたちによる枠物語
 アイヌリンダレ~ヴァラクウェンタ~第一章~第二章~第三章P105マンドスの台詞「運命はかく定まった」まで
2.エルウェとフィンウェの物語──メリアンによる別離とその後フィンウェに生まれた子供たちの紹介、ヴァリノールについて
 第三章P105イングウェ、フィンウェ、エルウェの三人の使節の登場~第四章~第五章
3.フェアノールとフィンウェの物語──エルフの“原罪”または『オイディプス王』
 第六章~第七章 ~第八章~第九章P149フィンウェの死を知ったフェアノールが「夜の中へ逃げ去り」、「ノルドールの滅びの運命」は「間近に迫る」まで
4.インタールード──囮役にして進行係のモルゴスが中つ国で自分の仕事を始め、ウンゴリアントは女の情欲のカリカチュアを演じる
 P149モルゴスとウンゴリアントの逃亡劇から、P152モルゴスが重たい鉄の冠を無理に被りながらアングバンドの地下に籠ったことが語られるまで
5.“フィンウェの息子たち”の選択(前編)──フェアノールとフィンゴルフィン、マイズロスとフィンゴンを中心として──フェアノールは恋人の複製を追い求め、フィンゴルフィンは自らの誓いに縛られ、フィンゴンは父に呪縛された従兄を追い、他の者たちもそれぞれの絆に縛られて中つ国を目指したこと
 第九章P153ティリオンに帰還したフェアノールの演説と一族会議~第九章ラスト
6.インタールード──第四章で語られたエルウェのその後と、ヴァリノールの写しであるメネグロスの建設、モルゴスが帰還したことで以後の舞台となるベレリアンドの準備が整う
 第十章 シンダールのこと
7.索引──またはアイヌアたちによる枠物語──また“原罪”の結果によって太陽(人間)が生まれ、月(エルフ)が疎外される運命に定められたこと
 第十一章 太陽と月とヴァリノール隠しのこと~第十二章 人間のこと
8.“フィンウェの息子たち”の選択(後編)──フィンゴンがマイズロスを救出した時、マイズロスが片手を失ったこと、フィンロドとトゥアゴンのウルモによる別離、ナルゴスロンドとゴンドリンの建設
 第十三章~第十四章~第十五章
9.エオルとマイグリンのこと──トゥアゴンがエオルからマイグリンを奪い、マイグリンを奪われたエオルがアレゼルを死に致らしめたこと、また父とその愛人にイドリルが嫌悪を懐いたこと
 第十六章 マイグリンのこと
10.フィンロドとベオルのこと──フィンロドに出会ったベオルは彼に魅了され、これがエルフと人間の最初の出会いとなったこと、人間は自らの誕生の理由であるエルフの“原罪”については知る由もないまま流離の罪人たちに魅せられ、関わりを深めていったこと、またこの物語の図柄として織られるべき運命にある人間の父子たちについて、その系譜と共に予告される
 第十七章 西方に人間の来住せること
11.ダゴール・ブラゴルラハ──“不死のエルフの時間”の終わり、そして限りある人間の時間という枠組みへの移行──この合戦から“フィンウェの息子たち”の死の連鎖が始まり、フィンロドはベオルの子孫に渡した指輪によって死の運命に定められる
 第十八章冒頭~P275フーリンとフオルについて触れられる前まで
12.トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(前編)──“不死のエルフの時間”の終わり、そして限りある人間の時間という枠組みへの移行──フーリンとフオルの登場によって物語を流れる時間は人間の体感可能な一生分の時間の枠組みの中に移り、トゥアゴンはこの人間の兄弟を寵愛したことによるマイグリンの嫉妬に気づかず、これによって最後には自らの死を招くことを知らない
 第十八章P275フーリンとフオルがオークとの戦いに出陣するまでのいきさつ~第十八章ラスト
13.ベレンとルーシエンのこと──実はこの章は喜劇である──ベレンは“運命”に誘き寄せられ、メリアンに操られて発言し、指輪を見せて頼ったフィンロドに死を招いたこと、怪物の扮装をしたルーシエンに恐怖しながらシルマリルを取りに行き、片手を失ったこと、すべてルーシエンの力で切り抜けた後、生ける操り人形となって中つ国に帰還したこと、これによってシンゴルが娘と引き換えにかつての恋人の複製の一部を手に入れ、それによって死の運命に定められた
 第十九章 ベレンとルーシエンのこと
14.ニアナイス・アルノイディアド──トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(後編)──フィンゴンはマイズロスの為に最後まで尽くし、“フィンウェの息子たち”の死の連鎖に殉じたこと、フオルはトゥアゴンに自分たちから“新しい星が生まれる”ことを予言し、これをトゥアゴンに尽くして戦場に赴いていたマイグリンが、妬ましさを押さえながら聞いていたこと、捕らえられたフーリンは監督であるモルゴスの目を通して、自分の息子を主役にした悲劇を観賞させられる
 第二十章 第五の合戦、ニアナイス・アルノイディアドのこと
15.フーリンの息子トゥーリンのこと──または“父である女”との結婚──トゥーリンが二度までも自らの“父”を犯し、また殺したことを知って自害するまでのこと、またエオルの黒の剣はシンゴルからベレグを経てトゥーリンに渡り、もう一振りはマイグリンの所有であることが示してある
 第二十一章 トゥーリン・トゥランバールのこと
16.トゥーリンの“父”たちすべての死と、シンゴルは死の間際に真実を悟ったこと──フーリンはトゥアゴンに助けを求めて拒絶されるが、これによってトゥアゴンは自らの死をさらに近く招き寄せ、フーリンはミームを殺し、シンゴルにナウグラミーアを渡して死を招いた後自らも死んだこと、シンゴルが手放した黒の剣はナウグラミーアとして彼の手に戻り、その死をもたらしたこと、ナウグラミーアに填め込まれたシルマリルの光は、死にゆくシンゴルに真実を示したであろうこと
 第二十二章冒頭~P396シンゴルが「死にゆく目でシルマリルを見つめる」まで
17.任務を果たしたメリアンは去り、役割を終えたドリアスは滅亡したこと、またシルマリルがシリオンの港へ辿りついたこと──メリアンは自らの任務が終わったことを悟ってヴァリノールへ去り、ドリアスは七人の父祖から生まれたドワーフたちと、フェアノールの七人の息子たちによって滅ぼされることで役割を終え、シルマリルはエルウィングによってゴール地点であるシリオンの港へ運ばれる
 P396メリアンが思案に暮れた後ドリアスを去る~第二十二章ラスト
18.トゥオルが“黒の剣”と邂逅したこと──トゥオルがウルモに選ばれてヴォロンウェに出会い、ゴンドリンに導かれる途中イヴリンの泉で黒の剣の持ち主で従兄弟のトゥーリンとすれ違う。この水辺はトゥーリンにとってはグウィンドールに導かれ、ベレグの死を悼んで歌った記憶の残る場所である。トゥオルはゴンドリンで王の左手に坐るイドリルに対し、王の右手に立つもう一振りの黒の剣の持ち主マイグリンを見る
 第二十三章冒頭~P405トゥオルが王トゥアゴンの右手にマイグリンが立ち、左手にイドリルが坐っているのを目にするまで
19.マイグリンが“傾城”となったこと──マイグリンの嫉妬をよそに何一つ気づかないトゥアゴンはかつて寵愛したフオルの息子を寵愛し、イドリルはトゥオルとの間にエアレンディルを生むことでマイグリンに対して完全に勝利するが、マイグリンの出方を警戒し、秘密の脱出路を用意させたこと、これまでトゥアゴンに尽くした歳月のすべてを裏切られたマイグリンは絶望からモルゴスに内通し、文字通り“傾城”となってトゥアゴンと都を滅ぼし、自身もイドリルとエアレンディルに手をかけようとしてトゥオルに討たれる
 P405トゥオルがウルモからの言葉を伝える場面~P409マイグリンがトゥオルに城壁から投げ落とされるまで
20.エアレンディルがシリオンの港に辿りついたこと──および“人間の一生分の時間”という枠組みの終わりと終章への導入──エアレンディルがシリオンの港に到着したことで文字通り“新しい星”となるべき人と物(シルマリル)が揃い、トゥオルが生きたまま人間的な時間の世界から退場することで、物語を動かしてきた体感可能な人間の時間が終わり、すべてのカードが揃い再びエルフたちだけが残された舞台で終章が開幕する
 P409生存者のゴンドリンからの脱出~第二十三章ラスト
21.星と水辺の歌のこと──永遠に隠されたものと永遠に歌われるもの──エアレンディルとエルウィングによるヴァリノールでの予定調和の嘆願と最後の戦いの影で、マグロールとエアレンディルの息子たちによる、血の繋がらぬ父子の愛が育まれたこと、マイズロスは自らと共にシルマリルを葬り、アンティゴネーとしての運命を全うしたこと、エルフの血筋は星となったエアレンディルを通して人間の王統の中に、エルフの愛はマグロールの歌う水辺の歌の中に残されたこと
 第二十四章 エアレンディルの航海と怒りの戦いのこと

物語における意味としては以上の21のパートに分かれています(章タイトルのセンスについてはつっこまないで下されば幸いです。これでも自分でも耐えられないほど恥ずかしくならないように苦労したんです)。
次の記事からはこの解説と本当のあらすじの記述になります。

(なお、「アカルラベース」、「力の指輪と第三紀のこと」は『指輪物語』およびHoME第5巻収録の「The Lost Road 」(邦訳は『ユリイカ』1992年7月号トールキン生誕百年特集に掲載の赤井敏夫訳「失われた道」)と一緒に論じる予定です。)

[PR]
# by atanatari | 2010-11-18 12:39 | 解説

フローチャート

d0158848_6591540.gif

[PR]
# by atanatari | 2010-08-01 03:49 | 解説

「あらすじ」─ その4

「あらすじ」─“目次”について
「あらすじ」─その1

この記事は上の記事の続きになります。

エオルとマイグリン、トゥアゴンとマイグリン、トゥーリンとベレグの三組はいずれもフェアノールとフィンウェの反復ですが、実はこれには明示的な異性愛カップルである
エオルとアレゼル、トゥーリンとニエノールが加わります。
キャスティングを書くと、
フェアノール役
エオル、マイグリン、トゥーリン
フィンウェ役
アレゼル、トゥアゴン、ベレグ、ニエノール


となっています。
つまり、「第十六章 マイグリンのこと」以降ゴンドリンの陥落に至るまでのマイグリン関係のエピソード(9.エオルとマイグリンのこと、12.トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(前編)、14.ニアナイス・アルノイディアド──トゥアゴンとフーリン、フオルのこと(後編)、19.マイグリンが“傾城”となったこと)と、
モルゴスの呪いという理由付けをした「父が息子の運命のすべてを見ている」という象徴的な枠組みの提示から始まる「第二十一章 トゥーリン・トゥランバールのこと」の二つの物語が「フェアノールとフィンウェの物語」の大掛かりな反復と絵解きになっており、トゥーリンの従兄弟であるトゥオルが同じ“黒の剣”の持ち主であるトゥーリンとマイグリンに邂逅するエピソード(18.トゥオルが“黒の剣”と邂逅したこと)がこの二つの物語を繋いでいます。

また、フィンウェ役が男女2人いるのがわかると思いますが、これはフィンウェが“父”であると同時に“女”であるという、この小説を通しても1人しか存在しない特殊なキャラクターであるために、「彼を反復するキャラクター」も男もしくは女だけでは足りないわけです。
またフェアノール役のキャラクターの中でも、マイグリンは実は“女”であるというのが裏の筋書きを読み解く重要なポイントになっています。
細かい解説はここでは省きますが、この二つの物語の主人公のうち、マイグリンは女性主人公(ヒロイン)、トゥーリンは男性主人公(ヒーロー)です。
(また、ナン・エルモスでのメリアンとシンゴル=エルウェの出会いとエルウェの行方不明についての真相が、同じくナン・エルモスを舞台にしたエオルとアレゼルの出会いとアレゼルの行方不明という形で示されてもいますが、これもここでは省かせて下さい)

上に書いた要素を元にして「第十六章 マイグリンのこと」の前半部である、マイグリン誕生までのあらすじをまとめると、
都(ゴンドリン/ティリオン)を出奔して男(フェアノールの息子たち/フェアノール)に会いに行った女(アレゼル/フィンウェ)が、正式な婚姻ではない野合によって男(エオル/フェアノール)と結ばれ、それによって都(ゴンドリン/ティリオン)にいる身内に会うことが出来なくなる。
というもので、全部普通名詞で説明したように、エオルとアレゼルの出会いに至るまでの話は、つまりは最初に会ったオリジナルの出来事の明示的な反復であることに意義があり、本質的には固有名詞を持ったキャラクターのドラマではありません。(これに限らず、ほぼ一貫して異性愛のドラマにはオリジナルの意義が無い世界ですが、エオルとアレゼルに関して注目すべき点は、この二人がトールキンの描く男女の関係ではほぼ唯一“規範から逸脱した性関係”を暗示する要素を持っていることでしょう)
マイグリン誕生以降の後半部はさらに詳しい説明が必要になりますが、細部を省いて簡単に言えば、
愛人としての父から逃れるために母の身内を頼ってゴンドリンに行ったマイグリンに、伯父であるトゥアゴンが一目惚れし、マイグリンもこれを受け入れて男を乗り換えることを決め、前の男である父エオルはマイグリンを奪われるよりは共に死のうと彼を殺そうとして、執着する気の無かった妻を誤殺し処刑され、死の間際に自分を捨てた愛人である息子を呪った。一部始終を見ていたイドリルは、“女”としてのマイグリンにも、マイグリンに夢中になって前の愛人から彼を奪い取った彼女自身の父親にも嫌悪の念を懐いた。
というもので(ちなみに夫の投げた槍の毒によるアレゼルの最期は、モルゴスの槍で貫かれ蜘蛛の毒によって枯らされた二本の木と、使者の口上によって間接的に伝えられるだけのフィンウェの最期の象徴的な反復です)、
表向きの筋書きにある「マイグリンが近親者であるイドリルに叶わぬ恋をしていた」というのは囮であると同時にフェアノールとの類似性を示すためのものです。だから「マイグリンがイドリルに恋をしたのは同族殺害から生じた悪しき果実でマンドスの呪いである」という説明になっていない説明も、本当は「最初に犯された真の原罪の反復である」ということの言い換えです。(ちなみに「息子の運命を支配する父」というモチーフは後述するトゥーリンの物語にも並行して存在しています)
そしてマイグリンの物語の真の中心はトゥアゴンとマイグリンの愛人関係にあるわけです。

トゥーリンの物語はさらに説明するのが難しい構造になっています。というのは、「マンドスの呪い=“原罪”」を踏襲しつつも基本的にはキャラクター同士の愛憎劇として成立しているマイグリンの物語と違い、
トゥーリンにも彼の周りの人々にも実は責任が無く、「モルゴスの呪い」というのは「マンドスの呪い」の代わりの口実で、ラスト近くのトゥーリンの台詞通り、「これは全くひどい冗談だ!」と言うしかない(いわばピタゴラ装置並みの)、瓢箪から駒のような因果関係(身も蓋も無い言い方をすれば、トゥーリンに彼が最初に死なせることになった人物であるサイロスが言った皮肉(つまり冗談)が本当になってしまうまでの話)で成り立っているからです。
基本的には同じ“原罪”を(完全に昼メロ状態の)マイグリンの物語とは逆に、完全にイノセントな登場人物たちを用いて純粋な悲劇として描いたもので、
フェアノールとフィンウェの“原罪”から、同性愛の部分をトゥーリンとベレグに、インセストの部分をトゥーリンと妹のニエノールに分割した変奏です。
そしてニエノールの「さようなら、二重に愛するお方よ!運命によって支配された運命の支配者よ!ああ、死ぬのが仕合せです!」という最後の台詞は、フィンウェが死ななければならなかった本当の理由を暗示しています。
そして、ベレグもニエノールも、トゥーリンとニエノール兄妹の運命に明示的に呪いをかける龍グラウルングも実はトゥーリンの“父”の代理人であり、

この物語は、トゥーリンが「フーリンの息子トゥーリン」であるという運命(何度も名前を変えるものの、その度に結局はこの本名が明かされ悲劇が起きる)、もっといえば“運命の支配者”である父から逃れようとした結果、逆に捕らえられてしまうまでの物語なのですが、トゥーリンに「父に反抗する」という意識は全く無いためにわかりやすい父子葛藤のドラマが成立しているわけでもなく、「モルゴスのせい」という常套句的な言い訳を除いては(たとえばギリシャ悲劇のような)呪われる原因となるような罪も存在しません。(ちなみにこの小説の作品世界そのものに人間的なエディプスコンプレックスの要素が欠けていることは非常に重要です)

つまりトゥーリンの物語は、一見“マンドスの呪い”とは無関係であるイノセントな人物を主人公にし、かつ人間的な寿命のある時間のサイクルの中に収まるサイズ(いわば劇中劇)で、最初のエルフの“原罪”の物語を純粋な悲劇として再構成したものです。

そして、「“父”とは運命の支配者であり、運命の恋人である」というこの小説そのものの重要なテーマが示されている部分でもあります。(だからこの悲劇の本当の原因は「モルゴスのせい」ではなく、「フェアノールとフィンウェのせい」なのですが、それこそトゥーリンにしてみればこれは全くひどい冗談としか言いようがありません)

エオルが作った“黒の剣”というアイテムの所有者が最終的にトゥーリンとマイグリンになっているのも、上で述べたような“父”に支配された存在であることの証でもあります。
そしてこの剣が、元は天から降ってきた燃える星(隕石)であったという設定は、星と同じ物質から成り、最後は星になるシルマリルとの同質性と、そのネガ(黒い星)であるという象徴性をもっています。


[PR]
# by atanatari | 2010-06-09 07:55 | 解説

「あらすじ」についての前書き

やっぱりどこから話したものか説明しにくい話ですが、出版されているガイドブックなどの公式なメディアで『シルマリルの物語』の登場人物やあらすじが紹介してある場合、大抵は本当に重要な点が見事に落ちており、トールキン自身が書いた(日本語版では『新版・シルマリルの物語』冒頭に収録してある)ミルトン・ウォルドマン宛の出版依頼の手紙の劣化版にしかなっていません。で、実は唯一の例外はいわゆる「女性向けサイト」や同人誌で、この作品の核心的なモチーフである男性同性愛に言及できていますが、皮肉なことに大抵の場合書いている人は自分の希望的観測(いわゆる“妄想”)としか思っていません。

これは、『シルマリルの物語』の主人公たちである「楽園に住まい、さまざまな工芸や学問に優れた不老不死の美しいエルフ」とは何者であるのか?というこれまた核心的な部分に関わりますが、答えを先に言うと、寿命が有限であるがゆえに世代交代(再生産)のための異性愛を必要とし、それに基づいた社会を「常識」とする「人間」からすれば「人でなし」である、「不老不死であり、生物学的再生産ではなく芸術的創造と同性愛を基本原理とする存在」がエルフという名前で表現されているという話です。つまりこの小説は「芸術家小説」で、(“イギリス人のための神話”とかでは全く無く)作者にとっての「芸術の起源」の神話であり、自分のセクシュアルな美意識、というか、身も蓋も無い言い方をすれば「萌え」を詰め込んであるわけです。

『シルマリルの物語』の本文は、わざと「人間の読者」の誤解(人間にとっての“常識的読解”)を誘う慎重な言い回しを用いて、表面的には性的な話題には一切触れず、結婚している夫婦間以外の男女の性的関係すら登場させていませんが、親密な男性同士の関係はいたるところに書き込まれており、それは作者と「萌え」を共有している読者にはちゃんと目につくようになっています。
実は作者はこの親密な男性キャラクター達に対して、単なる親密さ以上の性的関係を明らかに想定して書いており(具体的な読解で触れていく予定です)、それを読み取れなければ決して「物語の真相」にはたどり着けないように仕組んでいるのですが、「萌え」を感受することが出来る読者の人も、この作者が意図した構造には気づけない(非常にいい線まではいっている先達があったればこそ、私もこの“構造”に気づけた訳なのですが)、もしくは感づいても自分で本気に出来ない場合が非常に多いようです。

これは、「実人生においてゲイだったわけでもない男性の作家が、本人が本当にそのつもりで同性愛を描いているはずが無い」という先入観─それこそが“人間の常識”なのですが─と「同性愛が描かれていると思うのは失礼だ」という、実はホモフォビックな「遠慮(配慮?)」が働くからですが、これも書かれた作品そのものを検討した結論を先に言えば、「この作者はそういった“男性”ではありません」。かといって隠れゲイだとかいう話でもなく、むしろ純然たる想像力に生きる「乙女」であり、作者と同質の“萌え”を感受しえた人たちがしばしば自称している「腐女子」という単語に倣って言うなら、「腐男子」とでも言うべきでしょう。

次の記事では具体的な読解のアウトラインとして「あらすじ」を書きますが、それと必然的に平行して「固有名詞の“本当の意味”解説」もすることになると思われます。やっぱり説明しにくいのですが、この小説の固有名詞(人物・アイテム)には表面的な意味の層とは異なる“もう一つの意味”の層が存在していて、それが“真相”を説明する“意味のネットワーク”を構成しています。
先に具体例を知りたい方や、もったいつけてないでとっとと“真相”とやらを教えろ!という方は、下記のリンク先の記事をご覧ください。
囮としてのヘテロセクシュアル・プロット――トールキン作品の基盤をなすもの
長すぎて読んでられるか!という方は第二章の脚注部分を先にご覧ください。
トールキン close reading――マイグリンはイドリルを恋していたのか?
こちらは上の記事の補遺ですが、『シルマリルの物語』本編を読了している方ならこれだけでも問題ないでしょう。

[PR]
# by atanatari | 2010-05-25 04:30 | 解説